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ディーラーM摘発体験

第1話『地方』

 私は去年、池袋でディーラー(D)をしていました。
毎日同じ事の繰り返し、そんな生活に嫌気がさし、社会復帰を考えている毎日でした。
そんな折、以前から付き合いのある友人に地方の店(箱)に誘われました。
多少お金もよく、現状に嫌気がさしていた事もあり、私は二つ返事でOKしました。
この判断が、悪夢の始まりだとは思いもせず、私は特急に乗り込みました。

なにせ地方の小箱ですから、小さいバランスの台が2台置いてある、典型的な箱でした。
しかし地方だけに場面が立つ事もあり、まあまあの客の入りでした。
そして一ヶ月が過ぎた頃、一緒に来た友人が、都内に帰る事になり、
代わりに新しいDが入ってきました。
あの時 私も一緒に帰っていれば…

そして来るべき日が来ました。

忘れもしません、冬が始まる頃でした。
その日は客足が遅く、最初に来た客も対ハウスを嫌い、カウンターに座っていました。
それでも夜が深まるにつれてちらほら客が来て、ファーストゲームをはじまりました。
その後 次第に客が増え別の台が開いてしまったのですが、間がよく両方同時に終わったので1台にまとめてやる事になり、ネクストは私が撒く事になりました。

  満席の台に座り、いつも通りにシャッフルを始めました。
時刻は午前1時頃、20番程流した所で一人の客が溶け、逃げる様に店を出ました。

その時!
「ドー-ン」という大きな音がし、その瞬間全身から血の気が引くのを感じました。

第2話『突入』

 最初は心の中で、まさかと思いました。皆さんもそうだと思いますが、自分に限って大丈夫と根拠の無い自信が私にもありました。どんなに大きい地震が来ても、自分は死なない気がするのと一緒でしょうか?
しかし、ドタドタと尋常ではない音が近づいてくると共に、そんな自信もゆらいできました。
  そしてお決まりの「動くなぁー!警察だぁー!」と怒声をあげながら まず一人が入って来ました。 それでも しばらくは信じられず、「これは誰かのいたずらだ」とか、「ドラマの撮影?」とか、とんちんかんな事を考えていました。信じたくなかったのか、本当にそう思ったのかは今となっては分かりません。それでも腕章に○○県警と書いてあるのが見えた時には、さすがに観念しました。
私が観念んしたその瞬間、約30人程の捜査員がなだれ込んできました。写真を撮る者やビデオを回してる者もいました。そして、一人につき二人の捜査員が全員の腕を羽交い絞めにしました。
 そこで まず、疑問に思ったのは誰が内偵だったのか?
客の顔を見ても全員信用できる人間。
これはもしやと思い、私は苦しまぎれに「証拠はあんの?金なんか賭けてないよ」と言いました。
すると「お前そうゆう事言うのか?あんまり変な事言うと取り調べも長引くぞ。○○(オーナーの名前)もパクってるんだからよ。」と言われました。そしてまたまたお決まりの、「午前何時何分なんとかかんとか・・・・・・」といい始めました。

 しばらくすると、絞められていた腕もゆるみ、私は無意識にチップシャッフルをしていました。 すると、いかにもマル暴風の捜査員が「こらぁ!お前動くなぁ~、そのチップしまえ~!」と怒鳴り 客に動揺してるのを悟られるのが嫌な私は、わざと「ガチャ-ン」と音を立ててチップボックスにしまいました。 
すると「なんだ?お前?後で覚えとけよこらぁ~!」と またもや怒鳴られました。  そんなさなか、一人の捜査員が「台の下に誰かいるぞー!」と叫びました。 ふと 気付くと7番で打っていた韓国人のママがいません。 まさかと思った瞬間、台の下から泣いているママが引きずり出されました。 後で担当の刑事さんから聞いた話によると、台の下の支柱の部分に豚の丸焼きの様にからまって隠れてたそうです。オーバーステイで、そのママだけ何日か留置されたらしい。 よっぽど必死だったのでしょう。

そして全員首からプレートをかけられ、自分で自分の名前を書き一人ずつ連行されました。 オーナーもその場に連れて来られていました。 
連行される途中、仲間と目が合うと、なんとも言えない表情をお互いしていました。 そしてなによりも、弁当持ちの先輩がいたので、そのことも気がかりでした。

 これから何が始まるんだろう…と不安だらけで車に乗せられました。

第3話『留置所』

 いつものように家を出て、いつものように店に行き、いつものようにカードをまいて・・・・
なんの変哲もない、いつものような日でした。

あの腕章を見るまでは。

今はいつもとは全く違う世界
首から犬のようにプレートを掛けられ、縄でつながれた私たちは、護送車ではなく、何台かのセダンやワンボックスに乗せられて連行されました。
連行中、ポケットの携帯電話で友達に電話を掛けようとしたら、当然注意を受け私はただ無言のまま、わずかにかすんだ街のネオンを見つめていました。

  やがて署に着き、取調べ室に連れて行かれ軽く質問を受けた後、留置所に連れて行かれました。ネックレスや指輪、財布、携帯、靴、ベルトを全て保管され、檻に連れて行かれました。
  中は二人部屋で、一人横山ノック風のおっさんがいました。「こいつと寝食を共にするのかぁ~」と思うと憂鬱でした。その晩は疲れていたのか以外とすぐ寝れました。朝起きると赤い弁当箱が運ばれてきました。蓋をあけると、ご飯の上に味付き昆布と海苔と、かなり質素な食事でした。飲み物は全く味の無いお茶で、中ではこれしか飲めません。
そして昼過ぎに取調べに呼ばれました。
  ソフトパンチのおじさんに「○○県警暴力団対策本部なんとかの○○です。」とご丁寧に嬉しくない挨拶をされました。異様にニコニコしてるのが印象的でした。しかし、目だけは鋭く、怒らせたら怖いとゆうのが伝わってきました。私は正直に全部言おうと決心をしました。取調べは一回につき一時間から二時間、ほぼ毎日されました。こと細かく、この客が何時に来てどういう張りで、とか、何時にそのシュートが終わってとか、この箱で働くいきさつなどを、相当細かく聞かれました。やはり、かばったり、名前を伏せたり、偽名にしたり、自分なりに隠せる所は隠しましたが、やはり向こうもプロなので、揺さぶられたり、鋭いつっこみを入れられたりして、隠せない部分もありました。

  そして十日も経った頃、刑事さんに、起訴されると宣告されました。初犯だから懲役はないだろうけど、最低二ヶ月位は拘留されると聞かされました。
この時までは、もしかしたら二十日拘留で・・・という甘い期待もしていたのですが・・・・。
中では週二回の風呂と、一日二冊の本が読めましたが、接見禁止がついているので雑誌の差し入れを頼む事が出来ませんでした。
とにかく一日が長く、退屈でしょうがありません。

  そして二十日が過ぎたのですが、拘置所がいっぱいらしく、私達は特別なケースでそのまま留置所にいました。接見禁止も取れ、雑誌も週五冊まで、他にはお菓子も頼めました。
しかし、不自由な事には変わりなく、早く出たい一心でした。
そして、しばらく時が過ぎやっと拘置所に移送される日が来ました。

第4話『拘置所』

 私が拘置所に移送される日は、雪が降っていました。
やりきれない思いで、その雪を見ながら、毎年見ていた道玄坂のイルミネーションを思い出しながら今年は見れないなあ。と漠然と考えていました。 
 あの情けない踊りをやらされ、ヨレヨレの服を着せられ、独房に入れられました。トイレと机しか無い部屋で一日を一人で過ごすとゆうのは、今まで生きてきた中で一番つらかったです。
 食事は学校の給食みたいな感じでした。半日位はラジオが流れているので、spれだけが唯一の楽しみであり救いでした。
毎日毎日外へ出たら何をしようとか、そんな事をずっと考えて、ただただ、時間が過ぎるのを待っていました。
中にいると、考える時間だけは十分過ぎるぐらいにあるので、自分の人生を色々と振り返りました。

 カジノってどんな所だろう?とドキドキしながら、道玄坂を登ったあの日。
初めて撒いたシュート。
がんで怒られた事、店がピンチの時に抜いてきて嬉しかった事。
そしてせまい部屋に閉じ込められている現在の自分。

 ここを出たら足を洗って、真っ当な仕事をして、ギャンブルも一切やらないと、心に決めました。

 こうして、初公判を待ちました。
初公判の前日、弁護士と打ち合わせをし、その日を迎えました。

緊張しながら、階段を登り、私はいざ法廷に入廷しました。

第5話『裁判』

いよいよ初公判、私たちは1人づつの裁判ではなく仲間と合同での裁判でした。
  しばらく会わなかった仲間と会い、顔色を伺うと、みんな、少しやつれた様に感じました。
警察官と仲間とがテンコで座らされ。裁判官の入廷を待っていると、牛乳ビンの底みたいなメガネをかけた、まさに絵に書いた様な裁判官が入ってきました。

  一人づつ住所と名前を言わされ、検察が事件の経緯などを話し、初公判はあっと言う間に終わりました。
そしてまた、独房に戻りました。
暦は十二月中旬、年内に出れるか出れないかの瀬戸際だったので、次の公判がとにかく待ち遠しかったです。
そして二回目の公判の日がきました。
  弁護士に、よっぽどの事が無い限り今日出れると聞いていたので、少し楽な気持ちで、法廷に向かいました。
  公判が始まり、しばらくし検察に質問される番が私に回ってきました。摘発の時に証拠を見せろと言った事などを、しつこく聞いてきたりしました。その後、情状酌量の証人の証言も終わり審議も一通り終わったあと。
牛乳ビンが「○○(私)と○○(仲間A)の判決は今日出ます。残りの者は退廷する様に」と言われ外に出され。いよいよ判決の時が近づいてきました。

最終話『判決』

そして判決は・・・・・

「懲役一年。ただし三年間、その刑の執行を猶予する」

  心の中で、「やっと終わった。」と思いました。
拘置所に帰り、荷物をまとめ、久しぶりに外に出ました。
私は自然と走り出していました。

  最初のコンビ二を見つけ、なにか飲もうと思いましたが、仲間と会って飲もうと思い、やめました。電話で連絡をとり、喜びを分かち会った後、ファミレスで食事をしました。
涙が出る位おいしかったのを覚えています。
普段こんなにうまい物を食べていたんだと思いました。
お世話になった人達や、友人に出所の報告をし、その夜は飲み明かしました。ただ一つ、弁当持ちの先輩が心配でしたが、弁護士の手腕もあり、W執行猶予で出れた事を、後日知りました。

私も今は足を洗い、真っ当な仕事にいそしんでいます。 

以上が僕の摘発体験でした。何かの参考になれば幸いです。

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